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「2000年問題」というのがあった。
2000年になるとコンピュータが誤作動を起こすかもしれない。どのような事故が起きるか想像もつかない・・・と1999年の12月31日にはみんなどきどきしていた(さいわいたいしたことは起こらなかった)。

なぜこんな問題が起きたかというと、コンピュータの設計をしていた人たちが「そのうち紀元2000年が来る」ということを考えていなかったからである。

もちろん、彼らだって「そのうち紀元2000年が来る」ということは高い確率で想定していたはずである。
しかし、そのことを考えに入れると、コンピュータの設計を変えないといけない。年号表示を2桁増やすことで失われるメモリー量が「もったいなかった」ので、「2000年は、2000年までは、来ない」ということにして(これは命題としては正しい)、考えるのを止めたのである。
それと同じである。

大地震は、大地震が来るまでは、来ない。
命題としては、正しい。

だが、そこから「大地震が来るまでは、大地震のことは考えないでもよい」という実践的命題を導くことはできない。
こういう発想をする人を私が好まないのは、もちろん「無責任」ということもあるけれど、それ以上に「どうせ来るなら、そのときは破局的な事態になった方がいい」という無意識的な願望を抑制できなくなるからである。

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浜岡原発停止について (内田樹の研究室)

(Source: igi, via nagas)